演出家・宝満直也がシャガールの背景画を前に、バレエ「アレコ」に“今”を吹き込む

バレエ「アレコ」が、3月に港区のTAKANAWA GATEWAY CITYに開館した複合型ミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」の開館記念プログラムとして上演される。本作はプーシキンの詩を原作に、ロシアの貴族青年アレコとジプシーの娘ゼンフィラの愛憎を描いたもの。1942年にメキシコで初演、2024年にはシャガールが描いた本作の背景画4作が展示される青森県立美術館 アレコホールにて、宝満直也の演出により上演された。物語バレエに定評があり、2024年にはドイツで研修に臨むなど、近年演出家としての注目を集める宝満に、青森での初演について、そして本作の魅力を聞いた。

なお連動企画として、高級磁器ブランド・ベルナルドによる「Marc Chagall × BERNARDAUD マルク・シャガール コレクション インスタレーション展示」が開催中。来場の際にはあわせて立ち寄りたい。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 平岩享

絡め取られてしまうような迫力を感じたシャガールの背景画

──本作は2024年に青森県立美術館で初演されました。このプロジェクトのオファーがあった際、宝満さんはまずどんな風にお感じになったのでしょうか。

初演の2年ほど前だったと思うんですけど、僕がまだNBAバレエ団に所属していたときに、青森県立美術館の方がカンパニーにいらして、「こういうプロジェクトがあるからぜひNBAさんにやってもらえないか」と打診してくださって、久保(綋一)芸術監督が僕に「どう?」と言ってくださってお引き受けした、という次第です。

宝満直也

──どんなところに興味を持たれたのでしょうか?

まずはアレクサンドル・プーシキンの詩「ジプシー」を原作とした「アレコ」という物語をバレエにする、というところですね。もともと僕は全幕バレエが作りたいと思っていて、その機会を求めて7年間在籍した新国立劇場バレエ団を抜けたという経緯があります。なので願ってもない機会というか。しかもシャガールの本物の絵画の前で踊れるというのはダンサーにとっても貴重な機会だと感じて、二つ返事でお引き受けしました。実際の絵に関しては、お話をいただいて割とすぐに、青森県立美術館さんのアレコホールに行って拝見しました。

──絵画からどんな印象を受けましたか?

とにかく巨大なんです。アレコホールの四方に9m×15mぐらいの4枚の絵が飾られているのですが、シャガールさんの色彩のうねりだったり生命力のようなものに自分が絡め取られてしまうような感じがして……本当に圧倒されました。

高級磁器ブランド・ベルナルドによる「Marc Chagall × BERNARDAUD マルク・シャガール コレクション インスタレーション展示」会場にて、宝満直也。

高級磁器ブランド・ベルナルドによる「Marc Chagall × BERNARDAUD マルク・シャガール コレクション インスタレーション展示」会場にて、宝満直也。

──本作はレオニード・マシーンの振付で1942年にバレエ・シアター(現アメリカン・バレエ・シアター)により初演されました。マシーンといえばバレエ・リュスに新風を巻き起こしたロシア出身のバレエダンサー、振付家ですが、1942年の初演を意識した部分はありますか?

初演の、音がないモノクロの映像資料を観るには観たのですが、それはまったく参考にせず、自分の感性で作品を捉えていきました。というのも、今の人たちの感性で同じストーリーを見ても全然感じることが違うでしょうし、僕がシャガールの絵を観て感じたことも当時の人たちとは違うと思ったので、新しい感覚で作りたいなと。また1940年代の作品に現在の自分が取り組んでいる時点で、特に意識せずとも現代的な感覚が入ってくると思ったので、あえて現代的な演出を取り入れようとは考えませんでした。

物語としては、ゼンフィラという女性がアレコとロマの男、2人の男性の間を揺れ動くというもので、そういったバレエもなくはないのですが、人が心を変えるには1時間の上演時間はあまりにも短い。なので、ただの移り気な人に見えないように、描き方に気を遣いました。

宝満直也

ダンサーとの話し合いで生まれたアレコ像、ゼンフィラ像

──劇中では、文明社会に嫌気がさしたロシアの青年貴族アレコと、ジプシーの娘ゼンフィラの関係が描かれます。初演では牧阿佐美バレヱ団プリンシパルの大川航矢さんがアレコ、NBAバレエ団プリンシパルの勅使河原綾乃さんがゼンフィラをシングルキャストで演じられ、今回もお二人はWキャストの1人として出演します。初演時、お二人とはどんなお話をされましたか?

航矢くんにとって、アレコはすごいハマり役だったと思っています。役的には最終的には人を手にかけてしまう人物なので、そこまでいく心情についてはいろいろと話をしました。アレコのように、愛が憎に変わる事件は現在もニュースでよく目にしますが、でも自分の知り合いでそういうことをした人がいるかというと、僕にはいない。そこまでの思いに至ることはなかなかないことだと思うので、その心境の変化をどう描くのかがこの作品の骨子なのではないかと、話し合いを重ねながら丁寧に作っていきました。

──初演のインタビューを拝見すると、大川さん自身は「いつもの自分とは違う役で挑戦」と感じていたようですが、宝満さんにとってどういった点が大川さんに“ハマり役”だと感じられたのでしょうか?

確かに「明るいキャラクターばかりやってきた」とおっしゃっていたし、実際、彼にとって新しい壁だったのかもしれません。でもアレコ役に没頭してくれたことで見えてきたものがあったと思うし、思い切り飛び込んでくれたのが良かったと思います。初演時は彼も気づいていなかったことが、今再演に向けてリハーサルをしていると、表情や演技に深みとして現れていて、アレコ役がぴったりだなと感じます。

バレエ「アレコ」初演より。(撮影:西川幸治)

バレエ「アレコ」初演より。(撮影:西川幸治)

──ゼンフィラについてはいかがでしょうか?

ゼンフィラは難しい役だと思います。ゼンフィラが魅力的なキャラクターであるには、彼女がどういう状態にあって、それぞれの役がどういう人物設定で、ゼンフィラにとってどういう存在なのかを細かく考えていく必要があります。またダンサーが役に対してしっくりきていれば、お客さんもゼンフィラに感情移入できると思うので、勅使河原さんとはいろいろ話し合いました。勅使河原さんはずっとNBAで踊られていて、すごくテクニックの強いダンサーです。ゼンフィラのイメージとは少し違う個性を持っていて、すごく演じやすい役ではなかったかもしれませんが、どうやったらゼンフィラらしさを打ち出せるのか、彼女はすごく時間をかけて探ってくれたので、初演では素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。年を重ねて今回、また深みが増していると思うので、とても楽しみです。