世界50ヵ国以上を旅した思い出

高校生の時に初めて海外へ行き、その時から旅の虜に✈️🧳

パースでのホームステイ先での会話

Image 日本旅行、世界旅行共に大好き主婦

パース(Perth)という発音も難しくて、パリ(Paris)と間違われたこともありましたが…💦


ホームステイ先での当時は簡単そうで簡単でない会話…😓


「bath」と「bus」

お風呂のお話をしようとしていたのだけれど、ホストマザーに話しかけると明日のバス🚌の話に切り替わっていた…🥹


バス🚌じゃなくてね、お風呂🛀

"Can I take a bath?"と

"Can I take a bus?


因みに、オーストラリアでは

"Can I take a bath?"

というと、銭湯のような♨️場所へわざわざ出かけて行ってお風呂に入るという意味のようで、これはアメリカ英語のようです🇺🇸😅


🇦🇺"Can I have a bath 🛀?"のようです。


因みに、アメリカ英語は日本語教師アシスタント中もスペルで教育実習生からツッコミ入りました😳


「color🇺🇸」「colour🇦🇺、🇬🇧」


因みに、イギリス人もアメリカ英語は耳につくようで、会話を止めてツッコミ入れます🤭


ホステルのスタッフ同士での会話で


「vitamin(ヴァイタミン)」と発音したデンマーク人女性に対して、イギリス人男性が「僕たちはvitamin(ヴィタミン)」という、「ヴァイタミン」はアメリカンだ‼︎」っと(^^)


オーストラリア🇦🇺もヴァイタミンです。


休暇後の新たなホームステイ先でも、キッチンでの調理中の会話で


「butter(バター🧈)」と「batter(天ぷらのような揚げ物の衣」の違いで、会話が噛み合わず…💦


電子辞書でスペルを確認してお互いに納得🤭


「river(川)」と「liver(肝臓)」

これは当時の私はスペルもわからず、会話が噛み合わず…😓


今でも綴りや発音では問題発生することはありますが、説明で理解してもらえることがほとんどです😅


昔、旅行会社で働いていた時も先輩の1人にスペルめちゃくちゃですね🫢っと言われたことがありました。デポジットもらった後に、領収書を渡すのですが、そのコピーの百、千がどちらもスペル酷くて…💦


アジア系のお客様でツッコミなく持って帰られた後のことでした。


スペルの📚こんなのあるんですね🤭

購入したら勉強するかなぁ〜🤔


オーストラリア長距離列車の旅②

Image 日本旅行、世界旅行共に大好き主婦

こんばんは♪

お久しぶりです。


書いたブログがまた消えてしまいました🥹


改めて


長距離列車での旅の体験②から

世界は広いようで狭い🌏①

というお話です。


長距離列車を利用して旅した数年後、ニュージーランドのクライストチャーチのとあるホステルに数週間滞在中の出来事です。


ある日、私が宿泊する宿にチェックインした日本人男性。


私を見て、オーストラリアで旅行したことありますか?という質問🙋


私「はい」


日本人男性「長距離列車で旅してましたか?」


私「はい」


いつだろう🤔

その質問中、私の頭の中で回想が始まりました😳


オーストラリアでは、地元の旅行会社、宿泊先でアルバイトをしていたので、接客した日本人はかなりの数になるので、顔を覚えていないことも多かったので…💦


長距離列車🚈②

質問された時は気づかなかったけど

あ〜、日本人女性1人と男性3人のグループメンバーの1人だ🫢


旅行していたその年ではなく、オーストラリアでもなく、数年後のお隣NZで😳


いつだったかは定かではないのですが、最終目的地がパース🚉だったと記憶してます。


数日同じ列車で過ごすことになるので、ラウンジで知り合った日本人女性1人とその彼女がラウンジで知り合った日本人男性3人とでカードゲームをしたり、たわいのない話しをしたりして過ごしたメンバーの1人でした。


よく喋る関東人男性2人の記憶はあったのですが、その男性は2人に比べて口数も少なく、印象が薄めだったので、記憶を辿るの結構時間かかりました🤭


長距離列車で出会った人

世界は広いようで狭い🌏①


世界は広いようで狭いお話は、他にも都市、年、国を超えていくつかあります(^^)


また紹介します😌

パースの週末の無料の語学学校とその後の人との交流

Image 日本旅行、世界旅行共に大好き主婦

こんばんは♪


久しぶりにパースでの思い出ブログを書きます。


寂しさが多かった初めての長期滞在。

週末の無料の語学学校があると聞き、そこに参加してみました。


私が住んでいた街は、市内からバスで1時間ぐらいだったと思います。


車を運転できない私は、日中しか市内に行くことができませんでした🥹


バスの本数も少なく、帰宅はバスの時刻表に合わせて帰宅したと記憶しています(2002-2003年)。


週末の無料の語学学校、今もあるかどうかはわかりませんが、語学目的というよりも、人との交流を求めて行きました。


学校の先生はいわゆる教育実習生のような人たちが教壇に立ち授業をしていました。


先生になる直前の教育実習生のようで、無料の授業は彼らにとってはいわゆる実地試験のようで、教室の後ろには免許を取得したであろう英語教師たちが採点をしている様子でした🫢


休憩時間になると、私たちに「あなたを指名するから答えてね」っとかなりテンパっている様子もありました😳


授業はやはり無料なので、本格的なことを学ぶことはできませんでしたが、文法力ほぼゼロの私にはちょうど良い程度だったかもしれません😅


毎週末は行きませんでしたが、そこに来る日本人と連絡を取り合ったりして街に出かけることもありました😊


寂しい中での少しの人とのコミュニケーションの場として利用していました。


無料の語学学校に来る人たちのお多くは私とほぼ同じ英語レベルの人たちだったので、日本人以外の人とも雰囲気やジェスチャーなどを交えながら会話をしていたように思います😅


オーストラリアでのインターンシッププログラムがトータルで9ヶ月だったので、ブリスベンですでに5ヶ月ほど過ごしていたため、パースでの滞在は4ヶ月ほどの予定だったのですが、学校の春休みを挟んでいたため、予定より少し早めにプログラムが終了しました😳


もちろんぼったくり会社だったので、返金などはありませんでしたが、学校に拘束されずに、学校の休暇中は、同じビザで旅行をする機会ができました🚈🚌✈️🍀


私が当時持っていたビザは、学校に所属している間は自由に旅行ができないビザだったと記憶しています(スペシャルビザ⁉︎)


因みに、オーストラリアでの学生ビザも基本は学校へ通うためのビザなので、学校を8割以上出席していないと強制送還⁉︎させられると聞いたこともありました😳


2-3ヶ月の短いインターンシッププログラムでいろいろ体験したことを今後もゆる〜く書いて行きますね。


因みに昔は電子辞書、結構持ってる人がたくさんいましたが、今は携帯のGoogle翻訳で検索すればある程度の意思疎通ができるのでいらないですよね🤔


今も昔も変わらないオーストラリアでの必需品といえば🇦🇺


日焼け止め🧴



帽子👒🧢



日焼け防止のアームカバー




サングラス🕶️もあった方がいいですね😌