トキメキのトルコ。走り続けた10日間 65 - エフェソス遺跡⑥ トラヤヌスの泉、モザイクの歩道(テラスハウス)とスコラティスカの浴場(2025年1月14日/6日め)

2025年1月14日 エフェソス遺跡・クレテス通りで。(トルコ・エフェソス)
1月14日(火)- 6日め
エフェソス遺跡に来ています。
ここまで、
マグネシアンゲート
ヴァリウスの浴場(Baths of Varius)
ブルテリオン/オデオン小劇場(The Odeion)
プリタネウム(市庁舎)
ステート・アゴラ(国営広場)(The State Agora)
ヘラクレスの門(Hercules Gate, Ephesus)
メミウスの碑(The Memmius Monument)
ポリオの泉(Fountain of Pollio )
ニケのレリーフ
…と見てきました。
クレテス通りの両側は、見どころがいっぱいです。

アーチ上部の飾りだったと思われる、ニケのレリーフ。

そして次に訪れたのは、トラヤヌスの泉。

【トラヤヌスの泉(Trajan's Fountain)】
西暦102~104年頃に建立されたと言われています。五賢帝の一人、トラヤヌス帝の名を冠する建造物で、彼の治世でローマ帝国は最大版図を迎えました。三角屋根が特徴的な建物ですが、大部分が喪失しています。本来、高さ12mくらいあったのですが、修復時に縮小して再現されました。往時は、中央の池にトラヤヌス皇帝の像が据えられており、像の足元から水が流れていたそうです。現在では、像の台座と足の一部のみが残っています。
建立当時の再現図です。中央にあるトラヤヌス帝の像の足元に、水が流れる小窓が設けられています。

現在残っているのは、中央の三角屋根と周囲の壁のみです。

手前の空間には、水が貯められていたそうです。

今残っているのは、トラヤヌス帝像の台座と足の一部のみ。その下の小窓から、水が流れていました。

ずっとクレテス通りを歩いているのですが、
このあたりでは、少し趣が変わります。
富裕層が住んでいたためでしょうか。
通りの左側には、
地面に精巧なモザイク画が残っています。
当時のエフェソスが、豊かな文化を
享受していたことがうかがえます。
このエリアは、「丘の上の住宅(テラスハウス)」と呼ばれています。紀元前1世紀頃の住居跡で、比較的裕福な層の住民たちが居住していたと考えられています。


歩道部分には、美しいモザイク画が残っています。

細かいモザイクタイルがびっしりと埋められています。

左側にモザイクの歩道を見ながら、クレテス通りを歩きました。

モザイク画はずうっと続いていて…、

つきあたりの階段の手前で終わっていました。

【エフェソスのテラスハウス】
エフェソスの裕福な市民が住んでいた住宅群です。これらの住宅は、紀元1世紀から3世紀にかけて建設されました。都市の斜面に沿って階段状に建てられており、豪華なモザイクやフレスコ画で装飾されています。各住宅には複数の階層があり、広々とした中庭や豪華な装飾が施されていました。特に保存状態の良いモザイクとフレスコ画は、当時の芸術と文化を伝える貴重な資料となっています。
テラスハウスの発掘は、20世紀中頃から行われ、現在も続けられています。発掘されたテラスハウスは、保存状態が非常に良好であり、当時の生活様式を垣間見ることができます。
残念ながら、
テラスハウスの中に入ることは
できなかったのですが、
美しいモザイクを見ているだけでも、
ため息がでました。
クレテス通りをはさんで、左側にあるテラスハウス。そして反対側(右側)には、スコラティスカの浴場があります。

この奥が浴場になっていました。

【スコラティスカの浴場】
1世紀に建てられましたが、4世紀の地震で崩れてしまいました。浴場には、首のない女性像が残っています。これは、浴場再建に尽力した女性・スコラティスカの像です。
浴場の入り口。残念ながら、中に入ることができなかったのですが…、

これがスコラティスカの像です。(世界は美味しいお散歩日和より)

クレテス通りをさらに進みます。

通りの両側には、美しい柱頭が、
ごろごろと並べられていました。
(つづく)
(おまけ)
積み上げられた石の上に座るネコ。気品がありますね。^^ 名前はクレオパトラにしよう。😊 そういえば、かのクレオパトラも、ここに来たことがあるそうです。

これまでの日記はこちらにまとめてあります。